運営者プロフィール

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運営者プロフィールはじめまして。

プロのための著作権研究所所長の柿沼です。

経歴と資格は以下のとおりです。

【経歴】
平成 3年 京都大学入学
平成 9年 京都大学卒業
平成12年 弁護士登録
平成23年 中小企業診断士登録

【資格】
弁護士(兵庫県弁護士会所属)
中小企業診断士

これだけでは,どんな人間かちっともわかりませんね。
ここでは,どのような思いで私が弁護士業務や診断士業務
を行っているか,ということをお伝えできればと思っています。

仕事に際しての私のモットーは
「自分を必要としている人のために力を尽くし,共に喜びたい」
です。

単に自分の満足のためだけに仕事をやっているわけではなく,
あくまで依頼者に喜んで貰うために仕事をしている,
ただし,それは一方的に依頼者に尽くすということではなく,
二人三脚で困難な案件に立ち向かい,共に喜びを分かち合いたい,
そして,そのために自分の持てる力を全て出し尽くしたい,ということです。

もちろん,最初から自分の思いをこのように明確に整理
できたわけではありません。
司法試験受験を志すまでにも迷いに迷いましたし,合格して
研修終了後,弁護士業務を始めてからも色々な壁にぶちあたる
たびにあれこれ考えてきました。

それらの経験を経て,今,自分のモットー,
「自分を必要としている人のために力を尽くし,共に喜びたい」
については,全く迷いやブレはありません。

1 司法試験受験を志すまで
昭和48年に,東京大学前でラーメン屋を営む両親のもとに
生まれ,以後小学校中学校,高校と公立一筋に進んできました。

平成3年に京大に入学し,同時に体育会系剣道部に入部。

大学3回生になると,専門的な職業に就きたいと思い,
外交官になることを考え始めました。

しかし,抽象的な「国家,国益」のために働くよりも,具体的な「誰か」
のために,誰かに喜んで貰うために働きたいという思いが大きく
なってきました。

同時に,「自分しか出来ない仕事」「専門的な仕事」「職人」
「手に職をつける」ということを意識しはじめました。

それらを全て満たす仕事は弁護士しかなかったことから,
弁護士を目指すことにしました。

4回生の秋に引退後,本格的に司法試験勉強を開始し,
3回目の平成9年に最終合格しました。

2 司法試験合格後
平成10年4月に司法研修所入所。
優秀ではあるが,気さくな仲間に囲まれて非常に楽しく
過ごし,11月から神戸で実務研修開始。

神戸での実務研修中に指導して貰った弁護士さんとの出会いが
1つの転機でした。

東大出身,超優秀,だが偉ぶらない,誰に対しても分け隔て無く
接する,気さくな人で,私にとってのロールモデルとなる人
でした(実は,後にこの弁護士さんの事務所に移籍することに
なったのですが,このときにはまったくそういうことは
考えていませんでした)。

この弁護士さんに会ったことで,将来自分がなりたい弁護士の
イメージを掴むことが出来ました。

その後,裁判所,検察庁での実務修習を重ねました。職場は
それぞれ魅力的で,検察官や裁判官にならないかとも誘われましたが,
やはり,目の前の依頼者のために働く,という弁護士の仕事が
一番魅力的に感じられました。

3 東京の法律事務所に就職
そこで,大学剣道部のOB弁護士さんが経営している東京の法律事務所に
就職を決め,平成13年4月から弁護士として働き始めました。

東京の事務所では,いきなり質量共にハードな仕事をたくさん
任していただき,貴重な経験を積むことが出来ました。

弁護士になってからすぐにいろいろな仕事を経験させていただいた
ことで,弁護士としての基礎的能力のベースが身についたのではないか
と思います。

単純作業や繰り返しが嫌いで,初めての分野の方が興味を持って
取り組める,知的好奇心が旺盛という自分にとって,1つとして
同じ事件がない,繰り返しが無い,という弁護士業務
はまさに天職だと感じ,仕事が面白くて仕方が無い時期でした。

また,仕事の進め方についても,自分で方針を決めて自分だけ
の力で事件処理を進めていく経験を積み重ねることができました。

1つの解決方法を思いついても『もっといい方法はないか』と考え続け,
こつこつと事件処理を積み重ねていく職人的仕事のスタイルが
徐々に形成されたような気がします。

平成14年に,東京の事務所から,実務修習で非常にお世話になった
弁護士さんが経営する法律事務所(現:かけはし法律事務所)に
移籍しました。

4 転機
平成16年に,私の弁護士としての仕事観を決定づける訴訟案件
がありました。

これは,私の顧問先会社の商品の類似品を販売した東京の
大手通販業者に対して,不正競争防止法違反を理由として訴訟提起
したものです。

初めて相談を受けた際に思ったことは「これは大変な事件になる」
ということでした。

相手は大手業者,法律的な争点も複雑でしたし,なにより双方の
商品の機能・品質が真正面から争点になる事件だったため,
敗訴した場合には,下手をすればこちらの会社がつぶれる可能性
がありました。

そのため,訴訟提起に際しては入念に計画を練り,準備を積み重ね
ました。

相手会社には東京の大手法律事務所が代理人として就任し
神戸地裁において裁判が始まりました。

当方と相手とは会社としての規模の差はかなりありました。
また,正直言って,私としても,先方代理人が大規模かつ著名な
法律事務所の弁護士ということで,若干気後れしていた部分があります。

予想どおり難しい事件でした。

事件の難しさもさることながら,ここで負けたのでは,
こちらは会社としての今後の戦略に甚大な影響を受けることから,
大げさでなく「生きるか死ぬか」の戦いでした。

その分,私にかかるプレッシャーも並大抵ではありませんでした。

ときに「これはダメかも」と落ち込んだり,ときに「これは行ける!」
と喜んだり,途中,依頼者の方とお互い励まし合い,裁判提起から2年
あまり経ち,判決の日を迎えることになりました。

判決の日の前日には,敗訴判決を受ける悪夢にもうなされましたが,
当日の朝,起きたときにはなぜか「やるべきことはやりきった,
もし敗訴したら控訴審でまた正々堂々と戦えばよい」という清々した
気持ちで判決言い渡しの瞬間を迎えることが出来ました。

敗訴の時の主文は「原告の請求を棄却する」で,勝訴のときは
「被告は・・・せよ」という主文になりますので,裁判官が「主文」に
引き続いて「げ・・」と言い出すか「ひ・・・」と言い出すかで,
勝訴か敗訴かがすぐにわかる,ということになります。

判決言い渡しの日,私は依頼者担当者の方と一緒に法廷の代理人席に座って
いました。

言い渡しを待つまでの間,緊張で体が震えていました。

それまで司法試験受験や合格発表の瞬間も緊張しましたが,このときは
それに比べものにならないほどの緊張感でした。

弁護士という仕事は,依頼者という他人の運命,会社の運命を背負っている。

それは頭では理解していたつもりでした。
しかし,判決を待つ間のわずか数分間,その本当の意味を,
これほどまでに実感した瞬間はありませんでした。

判決をメモするためのノートを目の前に広げ,ペンを持ちながらも,
いやな汗をかき続けました。

裁判官が入廷してきて着席し,「判決を言い渡します。主文」
のあとの言葉は「ひ・・・・」でした。
それを聞いた瞬間,それまでの緊張感が一気に喜びへと昇華
されていきました。

判決言い渡し後,法廷を出て,担当者の方と固く握手をしたとき,
ああ,自分はこの瞬間のために仕事をしているんだなあ,と心から実感しました。

この判決は,その後無事確定し,こちらの会社もこの勝訴判決以後
急成長しました。

この事件で私は弁護士という仕事の怖さと魅力を同時に味わい,それをきっかけにして
「自分を必要としている人のために力を尽くし,共に喜びたい」
と思うようになったのです。

これからもこの思いを持ちながら,時には苦しみ,敗訴判決を受ける
悪夢に悩まされながらも,自分の能力や経験,知識を磨き上げ,
全力を尽くして結果を出す,そして依頼者と喜びを分かち合いたい,
心からそう思っています。

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